・2002/06/01の反省文(by 山口)

↓↓集団から切れ、うなだれる丸山選手↓↓

今回は、東日本実業団に行ってきました。
場所はお馴染みの日本CSC。
出場メンバーは、僕・マル・馬場さん・井原さん・小澤さんです。

AM7:00に会場に到着し、早速試走へ。
実は、日本CSCって始めて来たんです。登りがキツイってのは聞いてたけど"登りがキツイって事は下りもキツイよな"と、内心楽しみにしてました。

コースを走ってみての印象は、ジワジワと登っててイヤな感じでした。
日の出不動の周回コースの平地を無くしたような感じでしょうか?
でも、下りはコーナーが連続してて、しかもアスファルトの裂け目で滑るのがかなり楽しかったです。

試走を終えて駐車場に向かっていると、ANCHORの藤野選手を発見。当たり前のようにANCHORに乗ってたんですが何かが違う。
それもそのはず、よく見るとモノコックフレームがスローピングしてました。
これはプロトタイプらしいのですが、2003ニューモデルとして発売されるらしいです。
ほ、欲しい。
ちなみに、廣瀬選手はアルミのスローピングフレームに乗ってました。

AM9:00スタートのBM-3には、馬場さん・井原さんが出場しました。
スタートしてから応援していると、残念ながら先頭集団から切れてしまい第2集団で走ってました。
周回を重ねる毎に先頭集団との差が広がってしまい、残り1周でタイムアウトで降ろされてしまいました。
馬場さんの"やっぱ日の出不動登らないと..."の一言が辛さを物語ってます。
ちなみに"チョットだけ緑の人"だった綾野さんは、10位でした。

それから、自分の出場するBR-2の準備を始めました。
マルと一緒にウォーミングアップをしていると、日本舗道のサテライトチームである"JOAスギノレーシング"を発見。ここのジャージは必見です。これでもかってぐらい派手な色使いです。MAPEIを超えてます。またここの選手が見事な茶髪なんでより目立ってます。

アップを終えて、サインして、ブラブラしていると綾野さんを発見。
10位入賞で賞金1,500円をgetしてました。
"いいな〜"とみんなで喋ってると、MIYATAの真鍋選手が来て「いいか、みんな。この1,500円は俺達プロの登録料10万から出てるんだぞ。10万だぞ。」と言ってました。
確かに10万はチョットね〜。

そうこうしているうちに、スタート時間に。
レースは定刻通りAM11:50にスタートしました。
今回のレースは、5kmコースを逆回りで10周の50kmです。
スタート直後はペダルがなかなかはまらずに焦りましたが、なんとかはめて集団で登り始めました。
一気に下って、登り始めると脚は辛かったけど体はいい感じ。先週の美山ではイマイチだったんですが今日はイケそう。"絶対、着に入ってやる"と気合を入れなおします。
登りで少し遅れかけたんですが、その後の下りからの登り返しで集団の風下から一気に前に出る"ゴチになります"作戦で、集団前方をキープしてました。
そのまま走っていると、3周目にペースが上がって気が付くと集団最後尾に...。
"ヤバイ"と思い、踏み返して何とか事無きを得ました。
"ペースが上がってきたから前方キープしなきゃ"と思いつつ走っていると、最終コーナーでアウターからインナーに落とした時に、なんとチェーンが内側に落ちてしまいました。
小澤さんの「やまぐちぃ〜」の声と共に集団は行ってしまいました。
なんとか乗ったまま直そうとSTIレバーをアウター側にひねったんですが、スピードが遅いせいもあってなんともならない。
しょうがなく、一旦降りてチェーンをかけなおして再スタートです。

集団とは300mほど差が開いてしまってました。後ろを見ても誰もいなかったんで一人で前を追い始めました。登りはそこそこで踏んで下りは攻めまくって前を追ったんですがなかなか追いつかない。それどころか差は開くばかり。
後ろから来た集団に乗っかろうとしたんですが、それまでの無理がたたったのかこの集団からも切れてしまい、完全に独り旅になっちゃいました。
何とか完走だけはしようとがんばったんですが、残り2周でタイムアウトで降ろされてしまいました。

"は〜"とうなだれながら、クールダウンしてると藤井さんがなんと5位、小澤さんも完走してました。いや〜、すごい。
藤井さん、BR-1昇格ですね。完走した小澤さんもすごい。

その横で"ダメダメコンビ 山口&マル"はうなだれつつ「群馬カップまでには何とかしないと」と危機感を募らせてました。

次回の群馬カップまでには何とか調子を上げて、着に入りたいです。


・2002/06/01〜02の反省文(by 小澤さん)

東日本の感想。
 スタート前山口に調子を聞かれ、「おなかの調子がいい、燃えている」と答える。
 カーボショッツで満たされた胃腸がやる気をかきたてる。
 オルベアの石黒監督からも「きっと10位以内に入れるよ」と気をほぐされる。

 1周目、スタート直後の登りをアウターで登っているものと勘違いし、
 「なんて楽なんだ、今日はいけるかも」と思い込んでいた。楽観主義万歳。
 クネクネの下りもさほど怖くなく楽に下れた。きっと昼よりも明るくなる
 ルディープロジェクトに変えたからかも。

 だらだら登りに入ると「あぁ日の出不動に似てるなぁ」と物思いにふける。
 田河さん、和波さんと走りまくった日の出不動は、今でも一番好きなコース。
 修善寺を走っているのに楽しくなってきた。常に先頭を引く藤井さんを眺めつつ、
 相変わらず強ぇなぁと思いながらついて行く。

 5周回を終える直前、「ガチャン」という音と共に山口が上から振ってきた。
 チェーンが外れてるじゃん!!必死にケツを押そうと近づいたけど無理だった。
 後ろを振り返ると○と足が空回りしている山口だけ、げげ!!集団最後尾っ。
 ○を先に行かせてしばし山口をスタート付近で待つことにした。「やまぐちぃ〜」

 山口が降りてチェーンを直し始め、先頭集団が第1コーナーを回り始め、
 SE小澤の頭の中はIF文でいっぱいになった。1分近くの差がある状態で、
 選択肢【(A)3人合流 (B)山口を置いていく (C)ブッチギリで優勝】
 ・4周目辺りで山口は坂がエラそうだった ・○は既にエラそうだ
 ・小澤もそろそろエラくなるかも。。。 
 下りの得意な山口を信じて、小澤は先に行くことにした。

 真規ちゃん、宏実ちゃんの応援する登り地点を通り過ぎ、下りで必死に前を追う。
 ○が付いてきてると思い込んでいたが、予想外にも後ろにいなかった。
 その後独りで8周目まで走り終え、9周目に入ったところ「小澤さんがんばれ〜」と
 山口から声が掛かる。(えぇ!?すぐ後ろの山口が切られた=先頭がすぐ後ろ?)

 下り始めるとスタート地点からはジャンが鳴り響いている。やばいっ2分差しかない。
 そんな悲観主義が胃腸にストレスを与え、腹痛が始まる。あと少しもってくれ〜。
 必死に最後の登りに入ると、かなりの勢いで6人程の集団に抜かれてしまった。
 後ろは○がいると思っていたから、(ラップされたかも・・・)と沈んでいると、
 抜いていったなるしまの選手が「あと少しだ、もがけ〜」と声をかけてくれた。

 まだラップされていない!!と思い必死に登り下り、そしてなんとかスタート/ゴール地点を
 通り過ぎて最終周に入る。その直後うしろでゴールスプリントらしき歓声が伝わってきた。
 下っている途中「5位藤井・・・」と放送が聞こえ、(ついにやったな藤井さん)と
 物思いにふけっていると、最後尾のバイクから怒号が飛び交ってきた。

 「もう降ろさせないけど、しっかりモガかんか〜」「ここでモガかな、どこでがんばるんじゃ〜ボケェ」
 「前が見えとる必死で追え〜、まだ行けるぞ〜」
 バイクをエンストさせながらも必死の声援!?のお陰で、最終走者26位として完走できた。

 レース後腹痛が悪化し、下痢→劇下痢→超下痢でトイレダッシュを繰返し、
 監督と会ったときには体重-4kg=48kgまで落ちて、悲壮感漂いまくっていた。
 初めて参加した「鈴木さんのロード講座?」で練習以外に水を2・3L飲んでたって
 聞いた覚えがある。それだけ胃腸も鍛えなきゃいけないのかも。
JCRCなるしま杯

 午前7時に成田ワシントンホテルを出発し、下総フレンドリーパークへ向かう。
 今回は○・真美さん・小澤の3人の参加、前日東日本を走ったばかりなので
 かなりの疲労が溜まってる。

 8時からのSクラスのため、○は急いで準備をしているとあっという間にスタート。
 今回のレースはエリミネーションで、最後尾の選手が失格となる。
 小澤は準備をしていたため良く分からないが、なんだか楽しそうに走っている。

 続いてSの勝ち残りとAクラスのレース。Aがスタートしてから1分後に
 エリミネートされながらAクラスを追うSクラス。小澤は東日本の疲れを取りながら
 ゆっくりと走っていたが、○はかなり必死だった模様。
 12周程でSクラスが追いついてきて、○と並走していたが話せないほど疲れてる様子。

 ゴールライン直前になると最後尾バイクからエリミネートの合図が鳴る。
 修善寺の坂に比べると楽な丘を越え、ゴールラインでのハンドル投げを何度か繰り返していた。
 Aクラスのレースはアップの時間と決め込んでいた小澤は、
 いつの間にか自分が最後尾とは気づかずに、エリミネートされてしまった。
 「40番失格」と「60番」をつけた小澤に言ってきたので、(俺は60番だ違う違う)と念じて
 もう1周していたが、「緑色」と叫ばれ後ろを振り返ると指を指されたため観念した。

 ○はAクラスをなんとか勝ち残り、続くBクラスのレースになった。
 途中逃げたりもして周回ポイントを取ったかに見えたんだけど、
 見間違えられたのか、○の周回ポイントは無かった。
 さらにその逃げのせいだろうか、最終周直前にエリミネートされてしまった。

 レース後セオの印南さんと話しているときに、小澤はコーラを飲み始めた。
 かなりの空腹だったためコーラの直撃を受けた胃は痙攣を起こし、さらにコーラをシェイクしだした。
 呼吸困難になり銀マットでのたうちまわり、やっとの思いでトイレでコーラ放出に成功した。
 監督は「こんな動物いるよねぇ(^^;」なんて言ってたけど、本当に死にそうでした。

 監督のレースが15時40分からだったので、時間を潰すのに必死だった。
 女子+男子勝ち残りのレース、4人の女逃げ・監督+女・男集団の状態から
 4人の女逃げ・男集団(監督)となり、男集団の中でゴールしました。
 女性もこんな集団で走れると楽しいんだろうな。

 ほんっとに疲れた2日間でした。


・2002/06/09の反省文(by 小澤さん)

「第6回全日本実業団個人タイムトライアル選手権大会」@栂池高原

6/8(土)
 TIOGAの輪行袋は最高で、手が汚れずセットアップが簡単。
 松本までのスーパーあずさの2時間、「天才イチロー」の本を熟読する。
 車には無いゆとりが心を落ち着かせる。
 監督・○のピックアップを、松本駅前のドトールコーヒーで待つことにする。
 テラスで飲んでいたが、回転するドトール看板が「キィーキ」となるので
 トリフローをかけて整備しておきました。さすがトリフロー、効果抜群。

 ワゴンRにニューマシン「Bianchi XL EV4 マットブラック D/A仕様」を積み込む。
 松本から豊科ICまで激安\300、あとはオリンピックロードを探しつつ北上する。
 看板も何も無く迷いながら進む。やっとの事で井原さん、健吾くんと合流。
 受付をしていると、全日本のコース図を発見。
 まるで富士山のようなそのコース図、高低差500mを5km登って5km下ってその周回。
 最高勾配は9.9%、平均でも8%前後、しかも頂上ゴールと末恐ろしいコースだ。
 監督が女性ということもあり、特別にコースマップを頂いてきた。ナイス監督!!

 遅めの昼食手打ちそばを食べ、監督・○と3人でアップを始めた。
 「あれっこんな緩やかだっけ?」去年の美ヶ原を体験している3人は、あっけにとられていた。
 それほど美ヶ原は劇坂なんです。そうこうしているうちに雲行きが怪しくなってきた。
 先を走っていた小澤が軒下に隠れた途端、バケツをひっくり返したような超豪雨。
 びしょ濡れになった二人が小澤の所まできたら小降りとなる。雨男ですみませんm(_ _)m。

 5時に食べ終わった昼食だが、6時から夕食でかなり焦った。
 ビールを飲む4人とブドウジュースを楽しむ小澤、明日はレースだ我慢がまん。
 食後お風呂に入りに行ったが、かなりきれいで驚いた。
 食後もワインで盛り上がる4人とりんごジュースを楽しむ小澤、我慢がまん。
 徹夜明けの○が潰れたところで解散消灯となる。

6/9(日)
 ■ 9:03  予選(17.1km)
 100人ずつに分けられた2組目で井原さんと小澤が、○と健吾くんは3組目で予選スタート。
 丁度村山さんがいたので、走りを拝みつつスタートする。
 ガッチリハンドルを握り太もものパワーで登る走りは、まさしくモモリング。
 畳屋の前までついて行くが、桁違いの強さに圧倒され自分のペースに戻す。

 イチロー流思考法「30人に抜かれても全体で100位以内だ、焦るな」
 と言い聞かせ、ヒルクライムで最も重要と考える呼吸を整えながら走る。
 途中で「取材」と書かれたプレートをつけて走っていた綾野さんの声援を受け、
 得意とする決勝コーススタート地点までくる。この時点で2組60番手ぐらい。
 つがいけって最初の勾配がきついから、そこで疲れてしまうとあとはダメ。
 しかも空気は薄くなる一方だから、酸素に頼った瞬発系ではタレてしまう。
 ゆっくり呼吸をしてジワジワと踏み込むのが俺にとってはベストかな。

 中間点からは予想以上に体の調子がよく、また3組の8番手であがって来た
 セオの出井君をペースメーカーにして進み、そして59m39sでゴール!!
 去年が1h04m23sだったから、かなりの成長かな。おもわずガッツポーズがでた。
 1組のフィリップに結果を聞くと1h02mぐらいというので、予選通過の期待が持てた。
 3組の○は1h03m程との事、やっぱり夜勤はきついのかな。

 井原さんと健吾君を待ってから、途中でヘコタレル監督を応援しつつゴンドラ乗り場まで下る。
 やたらと一般客が多くて11時30分頃まで待たされる。晴天だが周囲は雪が積もっているから
 風が吹くと劇寒。○にレッグウォーマーを借りてなんとか時間を潰す。
 去年の○の経験から下山から決勝までの時間が無いと分かっていたので、
 あらかじめ下山袋に食料を入れておいて大正解。パン・フルーツ・ヴァームを食べる。
 とうぜん予選の前から決勝進出を狙ってました。

 やっとのことでゴンドラに自転車を積んで、雪が残る栂池高原の景色を楽しみながら下山した。
 結果を見に行くとトップ49m台とのことで諦めかけたが、井原さんが名前載ってるよと言う。
 よく見るとなんと95位で予選通過していた。こころ躍らせながら決勝の準備を始める。

 決勝スタートポイント横にラバネロやミヤタなどそうそうたるメンバーの中に、
 ○のワゴンRで乗りつける。う〜ん、いいねぇ。
 初めて食す補給食トップテンに苦しみつつも食事完了、あとはアップだ。
 ○のローラー台を借りてクルクル足を回していると、「ピピピ、ピー」という音が聞こえた。
 「ん!?何の音、、、○〜今何時?」「えーとですね、僕の時計では1時1分ですよ」
 「やばいっ!!」スタート時間は13:02:30、慌ててスタート地点にダッシュすると
 「170番 kozawa、いないかぁ〜」と叫んでいる。「はいはいはいっ」
 13:01:50、スタート40秒前にギリギリスタート地点に並ぶ。

 ■13:02:30 決勝(11.7km)
 100位→99位→・・・と予選成績の悪い順に30秒間隔でスタートする。
 横から監督が写真を撮っていたが、カメラ目線もできないほど視線が注がれ緊張する。
 最下位だけは免れたいと思いつつスタートするものの、やはり予選の疲れが残っている。
 しかも直前までアップしてしまったからやっばいなぁと思っていたが、
 予選時の大会役□の冷たい視線と違い、観光客やレーサーからの応援に力が入る。
 2人抜いて2人抜かれてゴール、そして後続のレースが終わるのを待つ。
 頂上では次から次へと有名人がゴールして、ワイワイ騒いでいる。
 緊張のあまり隅っこで一眠りしていたが、藤井さんならきっと話し掛けてるんだろうな。

 最終走者のシマノ・狩野選手のゴール後100人の集団で栂池を下るが、
 それはもう美しすぎる!!乗鞍や美ヶ原でも一斉ダウンヒルがあるけど、比べ物にならない。
 実業団の下りってフォームもライン取りもきれいで、一瞬ツールの映像の中に自分が走ってると
 錯覚してしまった程。これは来年も決勝に行くしかないでしょ。

 下山後お風呂に入りきれいさっぱりしたところでレース結果を見に行くと、なんと86位だった。
 おぉジャンプアップしているっ!!予選直後から決勝進出を信じて食事しておいて良かった。
 けど藤井さんも山口も出てなかったしなぁ・・・、群馬カップでは入賞を狙わなきゃ。




 予選スタート直後にある手打ちそば屋(ここはかなりお奨め)に寄り、祝杯をあげる。
 あぁ生きてて良かった。そして決勝の時にサポート&応援してくれた皆さん、ありがとう。


・2002/06/15・16の反省文(by 小澤さん)
「富士チャレンジ200」@富士スピードウェイ

6/15(土)
 東日本トラック観戦に行く。36時間勤務後爆睡後の為、頭がボーっとしている。
 「西武園」という駅で降りるべきなのに「西武遊園地」で降りてしまう(T T)
 競輪は見に行ったことがあるけど、オリンピックスプリントやポイントレースは初めて見る。
 ○のポイントレースを見てからカエル。

6/16(日)
 今週一度も練習が出来なかったため、当日エントリーが可能な富士200kmに行くことにした。
 0:30レンタカーを予約しに行くとラスト1台6人乗り日産プレサージュしか無かった。
 けど交渉の結果24H1万円での予約に成功。3:30プレサージュを借りに行く。
 チェレステビアンキ(新型旧型を区別するため、旧型をこう呼びます)を積もうと
 後部へ回ると、ナンバーが「666」。OH!!デビルスナンバー、不吉な予感が走る。

 5時に「挨拶3乗ファミマ」で藤井さんをピックアップする。
 ここのファミマ「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」
 「ありがとうございました、ありがとうございました、ありがとうございました」
 と挨拶を3回繰り返すので、とても耳障り。しかも常に店長しかいない。
 レースに出るかどうか迷っていた藤井さんは、富士山で練習するとの事。

 R246から首都高に入ると自転車を積んでる車が多い、
 ふと前方の車を見ると見覚えのあるフレーム「RIDLEY」を発見。
 日本広しといえどもこのフレームに乗ってるのは独りしかいない、やはりフィリップだ。
 東京車連主催の修善寺レースにラバネロの人と行く模様。

 初めての富士スピードウェイ、だけどクラリオンガールナビのお陰で無事到着。
 受付を済ませて色々ブースを見ていると、ファンライドブースで綾野さんを発見。
 当日エントリーで走るとのこと。

 ■ 9:30(4.4km*46周=約200km)
 藤井さんの声援を受けスタート、300人以上の大集団をすり抜け、先頭まで行く。
 いたいた黄色のジャージで異彩を放つミヤタの真鍋選手、そしてAMANDAを唸らせる綾野さんが。
 最初の10周はゆったりと進む。トライアスリートが多く落車を避けるため先頭ローテに加わる。
 小澤のバズーカよりさらにでかいレンズが常に真鍋選手を捕らえていたので、なるべく近くで走っていた。
 ファンライドに載ったりしないかなぁ。

 2時間経っても真鍋選手はまだ集団にいた。というか先頭集団は30人以上でゆったりくっ付いてくる。
 意外と調子が良かったので下りを利用して逃げてみた。けどシケインで2回も落車が発生し
 「落ち着こ〜」との号令が発せられ集団に戻ることにした。

 綾野さんに「フラスク買いました、やっぱいいっすよ」なんて話していたけど、他に話す人がいなかった。
 登りをアウター×17でダンシングしながら登る真鍋選手の横で走っていて、話し掛けてみた。
 「あの〜MIYATAカップってあるんですか?」するとダンシングしながら親切に答えてくれた。
 「10月5日、オレンジ耐久の前日にやりますよ。」「前日って…土曜日ってことですか?」
 「えぇ、そうです。あとリッジ…(MTBレースの事?)もやります」「ありがとうございます」

 そんなやり取りを終えた直後のホームストレートでついに真鍋選手がアタックした。
 30人が一列棒状になり必死に前を追う。1500mのホームストレート、下り、シケインまでモガクが
 ついていけたのは3人だけであっという間に見えなくなってしまった。
 それでもまだハイペース状態が続き、綾野さんと共に第3集団を形成することになった。

 なんてことも無い登りだったが、ハイペースではかなりつらい。
 インナー・ローの回転力を頼りに必死にくらいつく。
 カーボショッツでエネルギーは充分にあったけど、回転力による心肺機能酷使で
 軽い貧血気味になってきた。(→今後の練習メニューへのフィードバックと、補給食の再考を要する)
 しかも左膝が痛くなり始めたので、2周を軽く流してピットロードを通りリタイアした。
 3時間で31周=136.4kmは結構いい練習になりました。

 レース後富士山新五合目から帰ってきた藤井さんに運転をお願いし、帰路につく。
 ○のエリミネート決勝進出は、1周目でエリミネートされ終了したという結末を聞きつつ
 藤井さん宅に寄り、近くの駅まで移動しいていた。
 やけに狭いなぁと感じたT字路を右折した瞬間「あぁっΣ( ̄ロ ̄lll)」との藤井さんの叫び声が響く。
 プレサージュ・右後部ドアに擦り傷ができてしまった。デビルスナンバー「666」とはこのことか。
 警察呼んで事故申告、てゆうかJAFとか警察とか最近お世話になりすぎ(^^;

 修理代は免れたもののノンオペレーションチャージ(\20,000)と事故証明書取得手数料(\600)
 を請求された。FUJII!!
 レンタカーを返却したのが23時、そこから即効シャワーを浴びてスーツに着替え、
 0時からの勤務になんとか間に合った。また徹夜か・・・もういいよ(^^;


・2002/06/15・16の反省文(by 中島)

東日本実業団トラックレース。
さてまずは土曜日から・・・・・。
朝6時ぐらいに岡崎インターから埼玉県西武園競輪場に向かってれっつらGO!
今回のメンバーは金猿一匹!飼育係一人、○、ボス!、勝野くん5人のメンバーで挑む!
11時より受け付けスタートで11時過ぎに着く・・・。急いでエントリーと自転車を用意する。
当日の天候は小雨だった。
ぬれぬれになりながらもアップをすます。
さて一番目の競技はオイラのスプリント予選
200メートルハロンのタイムトライアル!
この日のために用意したニューアンカーが火を吹くぜ!と同時に○が購入したアラヤのディスクも付けました。
すたーと!
「おおっ!かかりがいい!!」自分では良く走れた!と思ったが12秒5で予選撃沈した・・・(;_;)
この日は、わずか200メートルで競技は終了!ボスに怒られた。(号泣)
次の種目は勝野くんの個人追い抜き
2000メートルの通過を2分45秒以内で通過すること!てコミュニュケには書いてある。
肝心のスタート!DHバーの肘当てが邪魔で満足なスタートが切れなかった模様。中盤でペースをあげる!同じくたれも発生してきた!
賢明な応援も届かず2000メートルで下ろされる。
なんと通過タイムが2分48秒!ひじょーにおしいっ
次は「男丸山!ポイントレース」
我がチーム初のポイントレース出走者!
メンバーは飯島誠と筆頭に粒ぞろいの番組編成!果たしてポイントゲッチュ!なるか。
事前に「前の方で競争しろ!内につつまれるな!」と気合いを入れておくりだす。
レースが始まった直後からなかなかいいペース!そんなペースと外で見ている人には解らないぐらいの中身はダッシュの連続!(○談)
一時、先頭集団・5秒差○一人・6秒差第二集団とおもしろい展開になり先頭集団を必死になって追うが力つきて第二集団に戻り第二集団からはなれそして散っていった・・・・・。(涙)
一日目の僕らの競技はこれにて終了!
競輪場内の選手宿舎に泊まる。
この宿舎普段は競輪選手のみしか使用できなくなっていてでも宿舎の中身を知っているオイラはみんなに「宿は期待していいぞ!」と言っていた。
そしたら期待どうりのお部屋仕様!
そこいらのビジネスホテルがかすんで見えるぐらいでした。
多すぎるぐらいの夜ご飯を食べました。
サッカーのワールドカップを見ながら盛り上がろうと思ったけど、朝早かったし眠らずにひたすら最高速で運転してきたオイラに心地よい眠気が襲ってきて寝てしまった。
なにやら陽子ちゃんとまみちゃんは夜中の2時過ぎまで話こんでいたらしい。

二日めー。
本日の競技は○の「エリミネーション」、お猿は1000メートルT.T、勝野くんも1000メートルT.T、ボスと飼育係は観戦!です。
1000メートルの人はお昼にスタートなので午前中にある○のエリミネーションを観戦する。
予選一組目。上位8人が決勝進出をかけた戦い!
はたして決勝に行けるんだろうか???
スタートから絶好の位置に付ける。これは行けるか!!!!
一週目で脱落しない○を見て一同応援に気合いが入る!
結果は見事7着で予選通過!少し男が上がったようだ。
お昼になり1000メートルの決勝の時間。
オイラのスタートは以外に早く1番目となった。
ホームで発走機の上で気合いを入れていると「中島くんはバックスタートだよ」と言われた。
「マジですか???」恥ずかしいのを周りにアピールしてバックのスタート位置にもどる。
そしてスタート!!
カウントダウンとともにロケットスタートで飛び出す!
おおっまたもや掛かる!今日も調子がいいぜベイベー!
でもラスト一周に黄金のたれが潜んでいた。
「こなくそっ何回でも踏み直しちゃる!」
ここからがBSアンカーフレームの力の見せ所!必死の踏み直しに答えてくれた。もー最高!タイムも1分14秒1とまたもや記録更新!!
勝野くんのスタート!相変わらずDHバーのじゃまにあってしまっている・・・・。
でも何とか持ち直し黄金のたれも必死に押さえて踏み直せーの言葉に応えてくれて1分20秒の壁を破り1分19秒でフィニッシュした。もちろん自己記録の更新である。
メインイベントの○のエリミネーション決勝!
「一周で帰ってくるなよ!」と気合いを入れて送り出す。
ローリングスタートからの一周目!
早くも後方に付ける○。
やばいんじゃないの?お思ったその瞬間!「丸山さんエリミネイト!」「ああっー!やっぱりー!これだー!さすがまるだー!」
みんな思い思いの言葉を口にする。○の本領発揮!にくいねぇーこのっ!
でも本人は決勝に行けたのを最大の満足としていたので、これで男がもう一つ上がったかな?
これにて今回の競技は終了!帰宅の途に着く。
帰りはやはり東京に来たんだからを理由に池袋で遊んで帰りました。
ちなみに東京インターから岡崎インターまで2時間30分を切る
廃エースレコード記録も達成しました。
(中島浩二・文・2002/6/26おそっ!)



・2002/06/30の反省文(by 小澤)

「ツール・ド・美ヶ原高原自転車レース大会 2002」@美ヶ原高原(協力 三村つっこみ(R))

6/29(土)
 フィリップの新車・マツダ カペラワゴンに藤井さんとともに乗り込み、
 前日納車されたばかりの新車のにほいを味わう。
 環八の渋滞は参ったが、高速はスムーズで松本に到着した。
 受付をしつつ、今回の宿はスタート地点すぐ横だったことを思い出し
 ふと横を見ると1軒のボロ民家に「○きわの湯」と看板がついている。
 部屋に案内されるがカギもクーラーも浴衣もタオルも歯ブラシも、無い。
 遅れて到着した監督・○も唖然とする。(これが宿かよ Σ( ̄ロ ̄lll))

 着替えてから美ヶ原名物・超激坂(推定18%)へ登りに行くが、相変わらずスゲェ。
 FujiiとFilipは軽々と頂上まで走りに行ってしまったが、
 監督・○・小澤は最初の超激坂で引き返しカリガネバンクへと向かう。
 
 晩御飯はまぁそこそこ普通だったが、「温泉」と表示のあるお風呂が9時で止まるという。
 (なんで温泉が止まるんだよオイ Σ( ̄ロ ̄lll))と思いつつ浴室へ急ぐ。
 そこにあったものは小さな湯船と石鹸と洗面器のみ、蛇口が2つあったがシャワーが無い。
 レース後シャワーを借してと頼んでいたが、借りられるのか不安になる。
 入浴後、ブーーという音を常にあげ時々カラーになる白黒テレビでトルコ-韓国戦を見る。
 黄色く染まったフィリップの布団からは大量の虫が発生、監督の虫除けスプレー大活躍。

6/30(日)
 5時半からお願いした朝食、やけにオヒツがでかいと思ったらオカズが極端に少なかった。
 仕方なく味付けのり1枚でごはん1杯のペースで食べていると、オヒツが空になった。
 まだ足りないという○が「ごはんのおかわりを」と頼むと「それで終わりだぁ」と断られる。
 まじで「(ノ-_-)ノ~┻━┻」って感じ。ビール代を入れて7600円は高すぎる!!!!!!!!!!
 「スタート地点に近い所」との希望に忠実に答えてくれた観光協会に感謝!?
 来年は荷物車を提供していた旅館「梅の湯」にしたいです。

 ■ 7:30(21kmぐらい)
 村山さんを含むチャンピオンクラスにラバネロ:Fujii・Filip、フィトンチッド:○・小澤、
 1分後の女子クラスに監督が出場。天候は曇りのち晴れといったところ。

 最初の超激坂にある看板「ここが一番の難所、がんばれ」皆バックしないように必死だ。
 推定18%の超激坂は39/25でもケイデンス20ぐらいで嫌になる。
 それをやり過ごせばあとは大丈夫、と思っているとまた「ここが一番の難所、がんばれ」
 と看板が出てくる。(またかよ オイΣ( ̄ロ ̄lll))

 やっとのことで1/3CPまで来ると親切にも「残り16kmです、がんばって」と声が掛かる。
 今から栂池始まりかよΣ( ̄ロ ̄lll)。さらに気合を入れる。
 かなりの距離を走ったかに思えたが「中間点」の看板が出現、まだ半分かよΣ( ̄ロ ̄lll)。
 ただ中間点の直後に平坦があって、アウターで行けるので来年以降参考に。
 そして途中に現れる「14%」の標識に、いつまで続くんだよオイΣ( ̄ロ ̄lll)。

 「美ヶ原高原まで4km」との交通標識が出てくると下りが始まり、かなりスピードが出る。
 そして残り1kmから登ってゴールとなる。優勝は勿論村山さん、驚異の1時間00分約40秒。
 うちらはFujii、Filip、○、小澤の順番でゴール。ゴール後Fujiiが村山さんに話し掛ける。



 Fujii「自転車見せてください」村山さん「自転車捨てちゃいました」Σ( ̄ロ ̄lll)
 自転車の各部を写真に収めるFujii、記念撮影後に村山さんの「ヒルクライム講座」を受講、
 Fujii「俺も村山さんと同じペダルにする」とすっかりご機嫌の様子。
 なんでもペダル自体の角度が変わるので、膝を痛めないらしい。

 今年もまたダンシング無しで登ってきた驚異の監督のゴール後、
 寺田さんに遭遇し一緒に記念撮影しました。彼女はMTBで7位入賞でした、おめでとう!!
 しかし今年も山頂で3時間待たされた美ヶ原、晴れていて良かった。
 記念撮影をしつつダウンヒル開始、6km下った所でFujiiが「あぁΣ( ̄ロ ̄lll)」と今日も叫ぶ。
 何事かと思えば頂上に携帯電話を忘れてきたらしい。今回3回目のヒルクライム開始。

 各クラス10位までしかリザルトが発表されず、しかもリザルト申込1000円と言っていた。
 チップで計測しておきながら速報をださないとは、なんというあこぎな商売、許せません。
 もしHPにも載らないようなら、ヒルクライム講座を受けさせるぞ(;¬_¬)。