・2003/05/04の反省文(オレンジロードレース by ヤマグチ)

出場メンバー:真美さん、まる、小澤さん、平子さん、山口

約一年ぶりのロードレース出場となった、GW恒例の「オレンジサイクルロードレース」。
青森では4月に入ってからやっと外でロードが乗れるようになり、自分なりにレースに照準を合わせてトレーニングしてきました。ローラー台は乗れるけど、毎日乗ってると"俺はハムスターか?"という自己嫌悪に陥りランニングか水泳で体を動かしていました。
岐阜に帰ってきて、土曜日にGW合宿に参加して痛い目にあったんでレースをまともに走れるのか心配でした。

当日は平子さんと、一緒に現地へ移動。10時ごろに到着。
そこでなんと、裏監督の鈴木さんを発見!。逢うなりいきなり「何でおまえここに居るんだ?」。確かにそうやね。自分でも、2・3日前まで青森に居たのが不思議なんだから。
また、「やっぱり太ったなー」とも言われた。意外と見てるんですね。

久しぶりのレースなので何をやっていいのか分からず、とりあえず田河さんから口を酸っぱくして言われていた自転車の整備をやる。チェーンに注油して、余分な油はきれいにふき取って、主要部分に軽く注油する。ついでに簡単な掃除も。

軽く食事してから、皆で外にアップに行く。やっぱ、みんな合宿の成果が出てるみたいで微妙に速い。
約30分ほど走って帰ってきた。

レースは12時10分スタートで、まだ時間があったので真美さんのレースを観戦。やっぱ、辛そう。酒は飲みすぎてはいけない事がよく分かりました。

スタートが近づくと、胃のあたりが痛んできた。何だか緊張してきた。でも楽しみ。

スタートラインに並ぶと、目の前にはミヤタジャージを着た三船雅彦が居た。
がっちりした体格で、マルのような感じ。見た目といい、経歴といいメジャー帰りの阪神の伊良部と似ているような気がするのは、僕だけじゃないでしょう。

チャンピオンクラスには、山口・平子さん・小澤さん・マルが出場。距離はコースを5周して約30km。
スタート2秒前に、アウターに入れていないことに気が付いたけどもう遅く、インナーのまま「しまったぁ〜」と思いながらスタート。こんな素人っぽいミスしちゃうとは...。

こんなときに限ってなかなかアウターに入らず、ついでにペダル(SPD-R)もなかなかはまらず、気が付いたら最後尾近かった。
落ち着いてアウターに入ってから、一気に加速して集団前方まで上がる。
それにしても、集団の中のあの音!。「シャー」ってやつ。いいっすね〜。
1、2周目は三船のアタックもなく、何事もなく過ぎていった。まともに走れるのか不安だったけど、登りでも皆と同じ様に登れたのでひとまず安心した。
3周目の登りでとうとう三船がアタックした。平子さん曰く「39*14を踏んでいた」らしい。恐ろしい。
一気に集団のスピードが上がるが、すぐに終わった。
4周目にも同様の場所でアタックがかかったが、中切れがあり集団が大きく2つに分かれた。
後ろの集団に残されたのは山口・平子さん。三船がこのまま行ってしまうような気もしたので、平子さんに声をかけて前に上がる。
幸い、前の集団はすぐにペースが下がり間もなくしてに集団は一塊に戻った。集団の緊張感が、一瞬緩んだ。
このタイミングで飛び出せば逃げ集団作れるんだけど、そんな脚は無い。
4周目も終わるころ、集団から三船がアタック。そして、その三船にぴったりついている緑のジャージの選手が...。
「マルじゃん!!!」。いいね〜、三船と逃げちゃうなんて。
しかし、その後のゆるい登りで完全に下を向いてうな垂れているマルを発見。マルの中では、レースが終わったらしい。
「まだ終わってねーぞ」と背中を押す。
最終周は、登りで大きな動きもなく何もないまま、ゴールスプリントに突入。
位置取りするときに、小澤さんに手伝ってもらったけど、ペースが上がるともう踏めなくなり、集団後方で惰性でゴール。
とにかく疲れた。でも、楽しかった。ホントに楽しかった。やっぱ、レースはやめれません。

山口は、3時間耐久にもエントリーしていたので、すぐに水と補給食を準備して、またスタートラインへ向かう。そしてスタート。
ここから、ゴールまでの3時間の辛さといったらもう...。レースじゃなく、"練習"、いや"修行"といった感じでした。
ゴールしたときには、もうフラフラで体が乳酸の塊のようになってました。まじで死んだ。

順位ですが、申し訳ないけどレース終わった後に調べる気力もなく、よく分かりません。
真美さんは10位ぐらい、小澤さん・マルは10〜20位、平子さんは30位、ヤマグチは50位ぐらいでした。

まだまだ走り込みが足りないけど、絶対に復活しますんで見ててくださいね。

・2003/05/10の反省文(東日本実業団 by ヤマグチ)

出場メンバー:BR-1(120km) 小澤さん
       BR-2(72km)  井原さん 馬場さん ヤマグチ マル 
       BR-3(54km)  角田さん 平子さん

とうとうこの日がやってきました。約一年ぶりの実業団レース。
自転車(ANCHOR買っちゃいました)が前日のPM9:00に完成し、ほとんど乗らないままレースに出ることになりました。本当はこういうことはやっちゃいけないんだけど、レースの翌日に青森に戻るのでしょうがなかったんです。

岐阜をAM3:00に出発して、群馬CSCにはAM9:00に到着。
平子さん・馬場さんが試走するということで、自転車の確認も含めて一緒に走った。
自転車はメッチャ良いんだけど、肝心の脚のほうが...。
でも、ここまできたらやるしかないと心に決める。スポンサーも付いたことだしね。

小澤さんの出場するBR-1はAM10:30にスタート。
スタートしてすぐに、キナンの三浦が飛び出していた。42歳なのに信じられない。
やはり、見ていてもペースが速いのが分かる。先週のオレンジとは、まったく別物。
残念ながら、小澤さんは4周で切れてしまい降ろされていた。感想を聞くと、「平地も上りも下りも同じスピード」だったらしい。聞けば聞くほど、自分も走りたくなる。面白いんだろうな〜。

ほかのメンバーが出場するBR-2・BR-3はPM1:50に、数分の間隔を空けてスタート。
PM1:00からみんなでアップを行った。グリコのCCDドリンクの話をしてると、角ちゃんが「♪止めて ロマンチック♪」とC・C・Bの歌を唄いだした。「懐かしい〜」とみんなで話しながら、じわじわペースを上げる。
マルは調子良い様子で、みんなをぐいぐい引っ張る。約30分ほどで終了。

レースのスタート10分前ぐらいから、スタート地点に並び始めた。
やはり、オレンジとはなんか雰囲気が違う。すごい緊張してくる。でも、こっちのほうがやっぱりいい。

スタート前に馬場さん、井原さん、マルに声をかけて自分を落ち着かせる。
レースは定刻にスタート。

やっぱ、スタート直後から速い。「こんな速かったっけ?」と思いつつ必死で喰らいつく。

1周目は集団内で40位ぐらいで走っていたが、やはり登りがつらい。
平地では踏めたので、何とか集団で完走しようと思い、無い頭を使っていろいろ考えた。
登りで遅れるのは事実なので、それをどうやってカバーするか。登り始めで集団の先頭にいれば、遅れても挽回できる。
登りの後の小さい下り&平地は追い風になっているので、登りで遅れても前に上がるのは簡単。
ここまで分かればあとは簡単。登り始めまでに集団前方に上がればいいだけ。

でも、集団のスピードが意外と速く、自分のポジションを維持するだけで精一杯。
登りで遅れて、その後の平地で追いつくということを繰り返していた。
鈴木さんが、「もっと前!、前!」と応援してくれていた。前に出なくちゃいけないのは分かっていたけど脚がいっぱいでどうする事も出来ない。
4周目の登りで集団から遅れて、その後はもう一人旅だった。

途中で、集団に抜かれて降ろされるのかなと思ったけど、何とも言われなかったので最後まで走ることにした。
こっちにも意地っつうのがあるので、「降りろ!」って言われるまで走ろうと思った。
鈴木さんも「諦めるな!」って応援してくれたし。
1周遅れで完走扱いにはならなかったけど、何とか最後まで走った。辛くて死ぬかと思った。

結果は、マルが完走!。ポイントゲット。しかし、ほかのメンバーはDNF。何とも情けない結果に終わってしまいました。
これじゃあ、応援してくれた鈴木さんやスポンサーの方に合わせる顔が無い。
応援してくれる方の期待に答える為にも、練習方法を見直さないとね。
ANCHORの方がアドバイスしてくれたり、スポンサーが付いたり、環境はメチャメチャ恵まれてますから。
もう一歩の努力です。
・2003/05/10の反省文(東日本 by こじゃわ)  

◆「第37回全日本実業団東日本サイクルロードレース大会」
【開催日】2003年5月10日(土)
【場 所】群馬サイクルスポーツセンター
【天 気】曇〜晴【気 温】肌寒い
【参加者】(監督)・小澤・○・山口・馬場・井原・平子・角田
【備 考】今回から東西戦に両方出れるようになった。参加人数が大幅増加。

■BR-1(6×20=120km) 10:30〜
固定ローラー台を使ってアップしていると鈴木さんがやってきた。「1.2kmコースを試走しろ」と早速アドバイスをもらう。
変温動物こじゃわは体温調整がとても苦手で、下りが有るとすぐに体が冷えてしまう為ローラー台でアップをしていたが、1.2kmコースなら平地しかない。群馬を3度も制した鈴木さんならではのアドバイス。早速アップを開始する。
クルクルコースを回っているとまだサインをしていないことに気が付き、監督を探すことにする。色々探し回った末ようやく監督を見つけたが、まだ受付していないとの事。サイン終了まであと10分、急いで受付し監督・○にゼッケンなど付けてもらい、ギリギリサインに間に合いました。
反省点@受付・監督会議・サイン・スタート時間を常に把握しておきましょう。

試走時間も終わった為ローラー台でアップしていると、「スタート直後はハイペース、だから3周目まで粘れ。そして同じペースの選手を探してついていけ」との鈴木さんのアドバイス。
いつもと違い審判塔後ろがスタートゴール地点。チームランキング上位が優先的に前から並んだため、できる限りの前方の中盤に並んだ。いよいよ初めてのBR-1、スタート。

軽く下ってコーナーを回るといつものスタート地点、そして下りへと入る。
思ったより下りのペースが遅かったが、登りの合間の平地が恐ろしく速い。いつもなら登りで追いつくのに登りでも置いてかれ、さらに平地でモガカされる。心臓破りで最後尾になるものの、フィリップを風除けにしてなんとか集団にくらいつき1周目を終える。足は動くものの、肺が追いつかない。
反省点Aアップが足りなかった。練習も。

2周目が終わる頃、隣を走っていたシマノ阿部選手がシューズカバーを外し出した。なんて余裕なんだ、けどやっぱりこの気温は寒いって事か。アームウォーマーしかしなかった自分が情けなかった。
反省点B気温にあわせた格好をすべきだった。それにクリームも。

3周目の心臓破りの坂でついに集団から切れてしまった。39×23しか回せずしかも肺がいっぱいだった為、頭が白くなりかけていた。
応援団の前を通り過ぎるものの、緑色しか判別できないほど既に疲労困憊。
しかしここで辞めるわけにはいかない。とにかくラップされるまで走り抜くことにする。
6周目に入ったところで補給に4人も立ってくれていた。今後の練習も兼ねて補給しようと思い、まずボトルを捨てた。そして青色のボトル目掛けて手を伸ばしたが、ボトルを取れなかった。
反省点Cボトルを受け取ってからいらないものを捨てた方がいいのか?

結局6周目の心臓破りを終わったところでラップされて、BR-1初レースは惨敗だった。

反省点がいっぱいあったけど、BR-2初参戦の石川県全日本でも2周で終わったことを考えれば、きっとそのうち走れるようになるんだろうと思う。だってフィリップが完走できたんだから。
監督経由でなるしまフレンドの小口さん(BR-2で単独2位入賞!!)を紹介してもらったので、今度なるしまの練習に参加してみます。実業団選手ばかりで、毎回バトルらしいです。

▲リザルト
[BR-1]
小澤:DNF
70/125(完走/出走)

[BR-2]
○:68
山口:DNF
馬場:DNF
井原:DNF
78/113(完走/出走)

[BR-3]
平子:DNF
角田:DNF
114/180(完走/出走)
・2003/05/GWの反省文(Phytoncid合宿 by こじゃわ)

◆PhytoncidRT「2003GW合宿」
【開催日】2003年4月29日(祝)〜5月3日(日)
【備 考】2年振りの合宿。やっぱモテギより合宿でしょ。

■29日(祝)鵜沼〜七宗;晴;23度;○、小澤、馬場、吉本、紋阪、星野
初日は休みということもあって6人の参加。富加サークルKを通過して川沿い。いつもより少し奥にある学校を左折し、山越え。折り返して山を下り道の駅「平成」で小休止。そして富加サークルKで1周回を終える。ここで紋阪さん、星野くん帰宅。2周目は負けず嫌いの○とこじゃわが山越えでバトル開始。3Days帰りの○には勝てなかった。下りでは70km/hを超えるスピードも出るほど、4人で回しまくる。2周回を終えたところで馬場さん、吉本くんが帰宅。最終回はさすがに辛くてゆっくり走る。あまりにも向かい風が強く、「平成」でダンゴを食べてから帰る。

走行距離:155km

■30日(水)鵜沼〜タラガ谷;雨;13度;○、小澤、中島
「心臓に鉄拳パンチ入れる練習(いんた〜ばる)」がやりたいという中島を迎えて、タラガ谷を目指す。雨のため12時過ぎからスタート。板取川までの道のりが曖昧なため関〜江南線を北上する。「これは街道練習か?」と中島らしい発言もあったが、東京を思い出しつつ楽しんで走る。「まだ?まだ着かんのか?」という中島を、「すぐそこ」と言い続けようやく平地インターバルスタートポイントに到達する。5kmを先頭交代しながらモガキまくるこの練習、僕は2交代でちぎれてしまったが二人は猛スピードで消えていった。雨だったので、次はタラガ谷まで移動して、5分・8分の山岳インターバルを行った。気温が低かった為であろうか、肺よりも足がパンパンになってかなり辛かった。勿論中島は麓で待機していた。

元の場所に戻り再度平地インターバル開始。今度はTTTのコツ(交代したら一気に下がり、一気にダッシュして追いつく)をつかみ3km過ぎまで付いたが、ちょっとした丘で○がアタックをかけたためチギれてしまった。しかし中島は驚異的なモガキで○に追いついていった。なぜあんなにスピードが出るのか不思議だった。雨の中、半袖短パンボトル無し補給食無しで踏み続けた中島はたいした奴だ。

練習後○と二人で銭湯に行き、初めて平子接骨院にお世話になる。小川村(2002年8月)から腰の調子がなんとなく悪かったのだが、平子さんのおかげですっかり良くなりました。ありがとうございました。

走行距離:123km

■ 1日(木)
正月コース;晴;21度;○、小澤、馬場、馬場さんの同僚
馬場さんにコースを任せて出発。正月に写真を撮る峠などいくつか峠を越えて滝があるという麓で休憩する。LSDじゃなかったらやばいだろうなぁという峠ばかりでかなり焦ったが、この後通った滝もすごかった。川沿いのコース、滝があれば激坂もある。初めは小さな滝だったのだが、最後にとてつもなく大きな滝が現れ、そして壁が現れた。ふぬぬぬぬ!!

二人が先に帰った後、○と二人で昔のショートコースを2周回した後、スプリント練習をやった。1回目、惜しくもまくりきれずかなり悔しかった。2回目はあと少しで逃げ切れたのに、さされて本当に悔しかった。

走行距離:150km

■ 2日(金)
日之出不動;晴;23度;○、小澤、角田、田中、(馬場)
聖地巡礼 日之出不動12周。「実戦形式」という名につられたのか、角田さん・田中さんが参加。この時、田中さんとは初顔合わせでした。前日までの疲れで胃腸が弱っていたため、最初の1時間半は思うように体が動かなかった。7周目に○にラップされたので、学校前の坂でもがきまくった。昔はアウターで登れたのに…なぜ今は登れないんだろうと思いながら。1周20分を目安に回り続けていると、「水はありますか?ウィダーいりますか?」と誰かが声を掛けてくれる。誰???と思って見直すと、なんと菊池さんではないか。その時は貰わなかったが12時過ぎに水がたりなくなったので、ボトルに入れて貰った。ナイスサポート、菊池さんありがとうございました。

4時間きっちりで12周を終えると、13周した○が待っていてちょっと悔しかった。話によると馬場さんも途中で現れたらしいのだが、僕は見れませんでした。練習後黒澤さんの所へ直行する。チェーン交換とアウターを53⇒52に変更するためだ。交換前に音を聞かされて「???」な僕であったが、スプロケットの緩みを見せられて唖然とした。みなさんきちんと整備しましょう。再度平子接骨院を訪れ、疲れた体を癒しました。

走行距離:110km

■ 3日(土)
鵜沼〜七宗〜ロマンチック街道;晴;27度;○、小澤、平子、山口、監督
監督が来るまで、4人であちこち走りまくった。馬場さんから教わったゴルフ場コース、初日に走った1周40kmのコース、昔のスクラップ場コースと走ったところで山口から出た言葉に焦った。「先に帰ります!」青森との気温ギャップ、バイク練習不足等など体が追いつかないようだ。丁度監督も到着したので山口邸に引き返し、山口・平子さんが帰宅。

今度は監督と3人でロマンチック街道を走るが、川沿いのためとても気分がいい。ところが新しいトンネルを抜ける頃、なぜだかハンガーノック気味になり「帰りたい・・・」と弱音を吐いてしまった。途中のサークルKで補給してからはようやく元気になり、工業団地で少し周回してからようやく合宿終了。

走行距離:130km
・2003/05/25の反省文(美山サイクルロード by こじゃわ)

◆「2003美山サイクルロード」
【開催日】2003年5月25日(日)
【場 所】京都・美山町
【天 気】(小雨)〜曇り&強風【気 温】肌寒い
【参加者】監督・○・小澤・平子・(かよさん)・井原
【備 考】SARSの影響でTOJが中止、かつ今年の全日本実業団開催地が美山ということもあり、実業団選手が押し寄せた。まるでMIYATA CUPのようだ。

■C3W(11.2×2=22.4km) 9:18〜
監督が到着したのが9時過ぎ、遅いよ〜Σ( ̄ロ ̄lll)。受付をこじゃわが済ませ、その間に着替えた監督。○とともにゼッケン、チップを付けて、サインしてセンサーチェックを終えたのがスタート30秒前、、、ふぅ。しかもスタートラインに並ぼうとバイクに乗りコースへ出ると同時に、号砲が鳴って既にレーススタート!!!必死に集団を追い始めた。頑張れ!!

ヘロヘロになって戻ってきて2周目に入ったが、1.5周山岳前で降ろされたとのこと。女子でラップされた?と思ったが、同時スタートの男子から10分遅れでタイムオーバーとなるそうだ。そりゃ辛いね。


■C1 (11.2×7=78.4km) 11:01〜
平子さんに乗せてもらい8時に美山に着くと、隣のスペースにシマノが乗り込んできた。また!?
前回東日本と同じ。
前回は同レースなのに、優勝ゴールする真理さんの写真を撮っている自分に不甲斐なさを感じつつ、今回は負けないぞと気合を入れて全日本チャンピオン真理さんに挨拶する。

さて、レース。

前レースのゴールで落車があり「スタートライン直後に救急車が止まっているので十分配慮してスタートして下さい」とのアナウンスも虚しく、スタート直後に落車する奴が居た。
いけてねぇ。

スタートできずに居るともう先頭はシマノやミヤタがガンガン引いている。必死で集団に追いつき集団中央で休んでいると、今度は左端でよそ見をしていた奴が単独落車した。おぃおぃと思って右のほうへ避けると、なんとそいつはバイクを右側へ投げ飛ばした。
コース右端まで避けたのに、自分の後輪にバイクがぶつかった。
自分はなんとか減速するだけですんだが、後方は大パニック。○・平子さん・井原さんらは完全停止。

ヒラヒラの一列棒状で集団に復帰したが、心拍がかなり高い状態のまま鬼坂を迎えてしまった。BR-1同様異常なペースで登り始める。
集団最後尾でようやく登り終えると、また一列棒状で下り始める。
段々とナカギレが始まり、1周目を終えたときにはついに二人になった。引くのか引かないのかよくわからない奴とギコチナイ先頭交代をしている時に、(こんな時に○がいればなぁ・・・。落車したかなぁ?)と思っていると数人の集団を引き連れて○が登場!!

よし合宿5kmTTの再現だ。

緑の二人は呼吸がピッタリ、少しずつ吸収しながら前に進んでいく。
よし前の集団に追いつけるぞ・・・と淡い期待を持ったが、ローテーションが下手な奴が居る。45km/h Overでしばらく引き続けるものの、軽い丘で独りちぎれてしまった。強風のため独りになるともう駄目、淡々と走っていた。暫くすると後続からラバネロを含んだ4人が来たので再度ローテーション入りしたが、またまた2周半あたりでちぎれてしまった。

関門で切られるだろうと思っていたら「君が最後だ、いけ!」と言われて山を登ることになった。登り始めると同時に国道の車が後ろに付き始めた。
九十九折で振り返ると十数台の車が連なっている。しかも美山ならではの大応援団が登りにびっしり並んでいるので、タレル訳にはいかなかった。
栂池の予行だ、頂上まで行ったれ!!
わずかながら監督の声が聞こえたが、周りの景色が真っ白になるまでモガキまくった。監督が言うには「JapanCupのような大声援だった」これはほんとに気持ちよかったです。下りもついでに練習しようと思い、MAX69.8km/hでモガキまくる。そして3周回終えて切られました。

平子さん、井原さんは2周回で、先に進んだ○も3周回で切られて全滅。今回はシマノ山本さんの逃げ切りゴールシーンの写真を撮りつつ、西日本こそはと誓うのであった。BR-1で完走はできるのだろうか・・・、いやモガキだ!モガイてモガイてモガキまくるぞ!!

帰りにR162沿のグリーンなんとかという所で京弁当を食べて帰りました。2000円したけど、なかなかのお味でした。

▲リザルト
[C1]
丸山:DNF(3周)
小澤:DNF(3周)
平子:DNF(2周)
井原:DNF(2周)
/46/115(完走/出走)

[C3W]
監督:DNF(1周)
/5/8(完走/出走)